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金沢地方裁判所 昭和56年(行ウ)4号 判決

金沢市小坂町中一〇七番地の二

原告

西野俊男

右訴訟代理人弁護士

菅野昭夫

鳥毛美範

金沢市彦三町一丁目一五番五号

被告

金沢税務署長

伊川五郎兵衛

右指定代理人

田村哲男

山本衛

岡田俊彦

谷内憲生

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  原告の昭和五二年ないし昭和五四年分各所得税の更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分に対する各異議申立について、被告が原告に対し昭和五六年四月二八日付でなした各却下決定は、いずれもこれを取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  被告は、原告に対し、昭和五五年一二月二四日付で、原告の昭和五二年ないし昭和五四年分の各所得税(以下本件所得税という)について、それぞれ更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分(以下本件原処分という。)をした。

2  原告は、被告に対し、昭和五六年三月一三日、本件原処分に対しそれぞれ異議申立(以下本件異議申立という。)をした。

3  被告は、同年四月二八日付で、本件異議申立は国税通則法(以下単に法という。)七七条一項に規定する不服申立期間後になされた不適法なものであるとして、いずれもこれを却下する旨の決定(以下本件決定という。)をした。

4  しかしながら、本件決定は以下の理由により違法である。

(一) 本件決定は、その手続が法八四条一項に反してなされたものであるから、違法である。即ち、原告が本件異議申立をした一〇日くらい後、被告の部下である訴外西村が原告に架電し、本件所得税の徴収方法について原告と話をした際、原告は、右西村に対し、現在異議申立中であり、その異議申立の理由について原告自身に口頭で意見を述べさせてほしい旨述べて、法八四条一項に規定する「口頭で意見を述べる機会」を原告に与えるよう被告に申し立てたにもかかわらず、被告は右機会を与えることなく本件決定を行なったものである。

(二) 本件決定は、法七七条一項、八三条一項の解釈適用を誤ったものであって、違法である。

(1) 原告が本件原処分の存在を知ったのは、本件所得税についての昭和五六年三月七日付督促状が原告方に送達された日の翌日である昭和五六年三月八日であるから、本件異議申立は法七七条一項に規定する不服申立期間内の申立である。

(2) 本件原処分に係る通知書(以下本件通知書という。)は、昭和五五年一二月二五日簡易書留郵便(以下本件郵便という。)により原告方に配達されたものであるが、当時、原告及びその家人は不在であったのに、原告とは別居していた妻正子(以下正子という。)がたまたま右配達の際原告方に居合わせ、同女が本件郵便を受け取り、そのままこれを持ち去ったものであり、従って、本件通知書は、これを受け取るべき本人やその同居者に交付されたものではないから、原告は本件原処分に係る通知を受けていないものである。即ち、

(ア) 昭和五三年ころより原告と正子とは不仲となり、正子の外出外泊が頻繁となって、夫婦喧嘩の絶えない状態が続いた。

(イ) 昭和五四年に入ってからは正子の金銭の浪費が激しく、原告が営んでいた鈑金業の営業資金も同女によって使い込まれ、営業に関する資料も一切同女から遠ざけねばならない状態となった。

(ウ) 昭和五五年四月には原告の長男俊一(以下俊一という。)が交通事故を起こし、その問題の処理をめぐって正子との関係が決定的に悪化し、以降正子は殆ど原告方に寄りつかなくなった。

(エ) 正子は、昭和五五年七月から原告方を出て関西方面で住み込みで働き、同年一二月までの間、原告方には三回ほどしか戻っておらず、戻った際も衣類などを持ってすぐに出て行ったものである。

(オ) この間、正子は、金沢家庭裁判所に夫婦関係調停申立を行なったが、同調停は昭和五五年一一月七日不成立となった。

(カ) 原告と正子は昭和五六年四月に協議離婚した。

(キ) 以上のような状態であったから、昭和五五年一二月二五日当時、正子は原告方の同居者ではなかった。

(ク) また、原告が本件原処分の存在を知るに至った昭和五六年三月八日までの間に、正子から本件通知書が原告方に配達された旨を告げられたことはなかった。

(三) 仮に、正子が本件通知書を受領したことをもって法七七条一項にいう処分に係る通知を原告が受けたものであると解されるとしても、本件は以下に述べるとおり法七七条三項が適用されるべき場合であるから、本件決定は右条項の解釈適用を誤ったものであって違法である。即ち、

(1) 法七七条三項にいう「やむを得ない理由があるとき」とは、被告が主張するような客観的事情に限定されるものではない。同項は、一般人が通常の程度の注意をしても不服申立期間の遵守ができないと認められるような事情がある場合の救済規定と解すべきである。

(2) 本件の場合、原告の家庭(夫婦)の問題であり、主観的事情ではあるが、原告が所定期間内に不服申立ができなかった原因は、正子が本件通知書を受領し、これを持ち去ったためである。ところで、同女は当時原告の妻であったとはいえ、前記(二)、(2)の(ア)ないし(カ)記載のとおり既に夫婦関係は完全に破綻し、同棲もしておらず、離婚調停もなされ、現にその後離婚するに至っているのであるから、原告の家族や同居人が本件通知書を受領した場合と同視できないことは明らかである。

(3) 右のような情況下では、原告において、正子が本件通知書を受領して持ち去ってしまうことを防止することは、著しく困難であった。

(4) 従って、かような事情の下では、法七七条三項にいう「やむを得ない理由」があるというべきである。

(四) 仮に、正子が本件通知書を受領したのではなく、原告方家人がこれを受領したとしても、本件通知書は原告がその内容を了知する前に、その配達当日たまたま原告方に衣類を取りに来ていた正子によって持ち去られ、原告が了知できない状態となったものであるから、前記(三)、(1)記載のとおりの理由で、右の場合も「やむを得ない理由」があるというべく、従って、本件決定は法七七条三項、八三条一項の解釈適用を誤ったものであって違法である。

よって、原告は、本件決定の取消を求める。

二  請求原因に対する認否及び主張

1  請求原因1項ないし3項の各事実はいずれも認める。

2  同4項の冒頭の主張は争う。

(一) 同項(一)の事実のうち、当時被告の部下として西村なる職員が勤務していたこと及び右西村が本件所得税の徴収方法について原告に架電したことは認めるが、その余の事実は否認し、主張は争う。右架電の際原告は不在であったため、右西村は原告と直接会話を交していない。

(二) 同項(二)の冒頭の主張は争う。

(1) 同(1)の事実は否認する。なお、原告は、本件異議申立書には、本件原処分の通知を受けた日(通知を受けない場合には、処分があったことを知った日)として昭和五六年二月一〇日と記載し、また、本件決定に対する審査請求書には、本件原処分の通知を受けた年月日として昭和五五年一二月二五日と記載しているものである。

(2) 同(2)の冒頭の事実のうち、本件通知書が昭和五五年一二月二五日本件郵便により原告方に配達されたとの点は認め、正子が本件郵便を受け取り、そのままこれを持ち去ったとの点は不知、その余の主張は争う。同(2)の(ア)ないし(ク)の各事実はいずれも不知。

(三) 同項(三)及び(四)の主張はいずれも争う。即ち、法七七条三項にいう「やむを得ない理由があるとき」とは、同項が「天災その他」を例示していること、不服申立期間を設けた趣旨が租税法律関係の早期確定を図る点にあること等に照らすと、不服申立人側に主観的な事情があるだけでは足りず、申立人が不服を申し立てようとしても、その責に帰すべからざる事由によりこれをなすことが不可能であると認められるような、客観的な事情が存在する場合でなければならないと解されるところ、原告が右各項で主張するところは、単に原告の家庭内の主観的な事情に過ぎず、これに該当しないものである。

3(一)  法七七条一項に規定する「処分があったことを知った日(処分に係る通知を受けた場合には、その受けた日)」の「処分に係る通知を受けた日」とは、社会通念上相手方が通知を現実に了知できる客観的状態に置かれた日のことをいい、必ずしも相手方が自ら直接に通知を受領し、あるいはこれを現実に了知することを要するものではないと解すべきであって、たまたま通知を受けるべき名宛人が、社会通念上了知できる客観的状態に置かれた右通知の送達書類を、一身上の都合によって現実には了知しなかったとしても、右通知を受けたという法的効果は否定できないものである。

(二)  本件通知書は、昭和五五年一二月二五日、原告方に本件郵便をもって配達され、当時一八歳で、事理を弁別するに足る能力を具えた原告の同居の親族である長男俊一が原告に代ってこれを受領したものであるから、本件原処分に係る通知は右受領により原告においてこれを了知し得べき客観的状態に置かれたものであり、原告は、右同日、右通知を受けたものというべきである。

第三証拠

本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

理由

一  請求原因1項ないし3項の各事実は当事者間に争いがない。

二  そこでまず、本件異議申立が法定の不服申立期間内になされたものであるか否かについて検討する。

1  本件通知書が昭和五五年一二月二五日本件郵便により原告方に配達されたことは当事者間に争がなく、いずれも成立に争いのない甲第一号証、乙第一〇号証の一、二、第一一、第一二号証、証人棒田康司(後記措信しない部分を除く。)、同高瀬元治及び同谷内憲正の各証言、原告本人尋問の結果、(後記措信しない部分を除く。)に弁論の全趣旨を総合すれば、本件郵便は、昭和五五年一二月二五日、当時金沢中央郵便局にアルバイト職員として勤務していた訴外棒田康司(以下棒田という。)により原告方に配達されたが、右棒田は、同日原告方において応対に出たパジヤマ姿の青年に本件郵便を手渡し同人から書留郵便物配達証に「西野」名義の受領印の押印を受けたこと、その当時、原告方は、原告、妻正子及び長男俊一(昭和三七年一月二七日生)の三人家族であったが、正子は、昭和五五年七月ごろ以降家出中であり、現実に原告方で同居していたのは原告及び俊一であったことが認められ、甲第二ないし第四号証の各記載、前記証人棒田の証言及び原告本人尋問の結果中右認定に反する部分は、前掲各証拠に照らしてにわかに措信できず、他にこの認定を左右するに足りる証拠はない。

2  ところで、法七七条一項にいう「通知を受けた」場合とは、その名宛人が直接通知を受けた場合だけでなく、郵便による通知書が事理弁識能力のある、被通知人の同居の親族等によって受領された場合のように、被通知人において社会通念上、当該通知を了知し得る客観的状態となった場合をも含むものと解するのが相当である。

これを本件についてみるに、前記認定事実によると、他に特段の主張、立証のない以上、昭和五五年一二月二五日原告方に配達された本件郵便は、同居中の当時一八歳の原告の長男俊一がこれを受領したものと推認すべく、かつその年令に照らし同人には当時事理弁識の能力があったものと認めるべきものであるから、右受領により原告としては、社会通念上、本件原処分に係る通知を了知し得る客観的状態に置かれたものということができる。してみれば、原告は、同日、本件原処分に係る通知を受けたものといわなければならない。

そして、本件異議申立は、昭和五六年三月一三日になされたものであることは前記のとおり当事者間に争いのないところであるので、法七七条一項所定の不服申立期間後のものであることは明らかである。

3  原告は、本件郵便を受領したのは正子であるとし、これを前提としている主張をする(請求原因4項(二)、(三))が、右前提事実が認められないことはこれまでに検討したとおりであるので、右主張は採用の限りではない。

三  原告は、本件通知書の内容を原告が了知する前に、正子によってそれが持ち去られたため、結局原告が右内容を了知できない状態となったとして、法七七条三項所定の「やむを得ない理由」があるものと主張する(請求原因4項(四))。

ところで、原告本人尋問の結果及びこれによって直正に成立したものと認められる甲第二号証の記載中には右前提事実にそうかのごとき部分があるものの、右部分は、その内容自体未だ右事実を肯認せしめるほど的確なものではなく、他には右事実を認めるべき証左はないところであるのみならず、そもそも右のごとき事実は、右「やむを得ない理由」には到底該当しないものといわなければならないので、仮に右事実が認められたとしても、結局右主張はこれを認容するに由のないものである。

四  右のとおり、本件異議申立は、法七七条一項所定の不服申立期間後なされたものであり、またこれにつき同法条三項が適用されるべき事情があるとも認められないから、不適法であって、かつ補正することのできないものであることが明らかである。そして、かような場合、仮に異議申立人に対し法八四条一項にいう「口頭で意見を述べる機会」を与えなかったとしても、これをもって異議決定が違法となるものではないというべきであるから、請求原因4項の(一)における原告の主張は、当該事実の有無を認定するまでもなく、採用できない。

五  以上によれば、本件決定はいずれも適法になされたものというべく、原告の本訴請求は理由がないのでいずれもこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 伊藤邦晴 裁判官 森高重久 裁判官 佐堅哲生)

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